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戦略的イノベーションマネジメントの仕組み 第1回
#イノベーション・マネジメント #新規事業開発 #経営戦略 #ISO56000 #日本企業 #DX戦略

イノベーションマネジメントの仕組みが整えば、イノベーションの成功率は高まる
――日本企業が軽視する“仕組みの欠如”という構造問題――
 

要約
欧米企業が次々とイノベーションを成功させる一方で、なぜ日本企業は成果を出せないのでしょうか。その違いは「イノベーションマネジメント仕組みの有無」にあります。欧米先進企業どは、イノベーションを管理する体制を整え、戦略・人材・プロセスを一体で運用しています。これに対し、日本企業は、イノベーションプロジェクトの単独行動が主流で、現場の努力や個人の工夫に頼りすぎ、組織的に再現できる仕組みが整っていません。ISO56000シリーズが示すように、イノベーションマネジメントをシステムで運用することは、いまや世界の常識になりつつあります。本稿では、なぜ日本企業にこの仕組みが欠けているのか、その背景を整理します

日本企業の停滞とその根本原因
日本企業は1970〜80年代には世界市場を席巻し、米国の研究者から「Japan as Number One」と呼ばれていました¹)。当時の日本企業は、生産性・品質・コスト競争力の面で世界トップ水準にありました。
しかし1990年代以降、日本企業は「失われた30年」と呼ばれる長い停滞期に入りました。世界の時価総額ランキングの上位から日本企業はほとんど姿を消し、株価純資産倍率(PBR)が1倍を割り込む企業も多数という状況が続いています²)。これは、投資家から「将来の成長が期待できない」と見なされていることを意味します。
ここでPBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)とは、株価を1株当たり純資産(BPS)で割った指標です。純資産とは、会社が持っている資産から負債を差し引いたもので、会社をたたんだときに株主に残る「解散価値」とも言えます。PBRが1倍を下回るというのは、「この会社は、事業を続けるより解散して資産を分けたほうが価値がある」と市場が判断している状態です。つまり、資本効率や将来の収益力への信頼が低いと評価されていると言えます。

図]日米欧主要上場企業におけるPBRの分布(2021年末時点)

(出所:経済産業省『伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)』, 2022)

この分布を見ると、日本企業はPBR1倍未満の企業が欧米に比べて極端に多いことがわかります。これは、日本企業の多くが「成長期待の低い企業」とみなされていることを示しています。
日本企業の評価が低下した最大の要因は、経営資源を新しい成長分野ではなく、既存事業に投じ続けてきたことにあります。成熟して収益力が低下した事業に資本を入れ続けた結果、ROEやROIC(投下資本利益率)といった収益性の指標も低迷しました(3)(4)。
その背景には「イノベーションの低い成功率」があります。経営者としては、イノベーションに投資してもなかなか成功しないので、大きな投資に踏み切りにくいという状況が長く続いてきました。実際、日本企業の新規事業開発の成功率は10%未満にとどまっており(4)、これは長年ほとんど改善していない水準だと考えられます。

イノベーションを生み出せない原因は、イノベーションマネジメントの仕組みが未整備であること
では、日本企業のイノベーションの成功率がなぜこれほど低いのでしょうか。日本企業がうまくいかない理由として、「保守的な文化」「リスクを取らない経営」「硬直した組織」といった指摘はよく聞かれます。もちろん、これらも要因の一部ではあります。
一方で、McKinseyやBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)は、より構造的な課題として「イノベーションを会社として支える仕組みが整っていない」ことを挙げています。ここで言う「仕組み」とは、戦略、プロセス、組織、ガバナンス、人材育成、評価指標などを会社全体として設計し、運用・改善していく枠組みのことです。
日本企業は長いあいだイノベーションを「技術革新」とほぼ同じ意味で扱ってきました。研究開発や新技術そのものが成果だ、という考え方です。これに対して欧米の先進企業は1990年代以降、発想を大きく転換しました。イノベーションとは「技術」だけでなく、「市場」「ビジネスモデル」「組織能力」まで含めて生み出す活動であり、経営として管理すべき対象だととらえたのです。たとえばP&Gは2000年代初頭、CEOのA.G.ラフリーのもとで「Connect & Develop」という外部連携モデルを導入しました。社外のアイデアを積極的に取り込み、アイデア創出から事業化までを一貫して運用する仕組みを社内に組み込みました(5)。これにより、イノベーションが個人のがんばりではなく、全社の戦略・ガバナンス・プロセスと結びついた活動になり、成功率は20%未満から50%以上へと大きく向上したと報告されています。
3M(6)やIBM(7)(8)も同じ方向です。ポートフォリオ管理、デザイン思考、アクセラレーター制度など、複数の手法や制度を組み合わせ、全社でイノベーションを推進する体制を整備しています。最近ではSalesforce、Amazon、Googleといったデジタル企業も、同様に「仕組み」を武器にして新規事業を次々に生み出しています。
一方、日本企業の多くは今でもイノベーションを「現場の工夫」「担当者の情熱」「トップの英断」といった属人的なものとして語ります。実際の取り組みも、個別の技術テーマや小さなサービス案の検討にとどまることが多く、会社としての制度やプロセスに結びつかないことがほとんどです。新規事業が立ち上がっても、既存の組織側が受け皿にならないため、会社としてスケールアップさせることができません。その結果、せっかく芽が出た新しい事業が企業全体の売上や収益性に結びつかずに終わってしまいます。これが、日本企業で新規事業の成功率が上がらない大きな理由です。

なぜ日本企業には「イノベーションマネジメントの仕組み」がないのか
研究開発部門には、テーマ管理やゲート審査といった部分的なプロセスは昔からあります。しかし、これらは事業ポートフォリオや経営戦略、人材育成、組織横断の連携などと結びついておらず、企業全体を対象としたマネジメントシステムにはなっていません。
なぜ、全社レベルの“仕組み”が日本企業では育たなかったのでしょうか。この背景には、戦後から続く「改善(カイゼン)文化」の成功体験があります。日本企業は品質や生産性を高めることには非常に長けており、そこでは標準化と継続改善の考え方が有効でした。ただし、カイゼンは「既にある業務をより良くする」には強い一方で、「未知の領域に挑む不確実な投資をどう管理するか」という発想を育てることには向いていません。
もう一つの要因は、1990年代のバブル崩壊です。この時期、多くの企業が「投資回収が見えない中長期の投資」を一斉に止めました。長期で育てるタイプのチャレンジ事業は、リスクが高いからという理由で優先順位を下げられ、そのまま社内から消えていきました。その結果、短期の収益を重視する経営姿勢が定着し、リスクのあるイノベーションに資源を配分するという考え方自体が社内から薄れていきました。経営者も世代交代を重ね、社内には「大胆な新規事業を本当に立ち上げ、育てた経験を持つ人材」がほとんどいなくなりました。これが、イノベーションを中長期で育てる仕組みづくりが後回しにされてきた背景です。

世界的なイノベーションマネジメントシステムの構築の動き
この間、世界では「イノベーションを経営として扱う」という流れが制度化されてきました。その象徴がISO 56000シリーズです。ISO 56000シリーズは、企業がイノベーション・マネジメント・システム(IMS:Innovation Management System)を構築・運用・改善するための考え方と枠組みを示した国際規格群です。
・ISO 56001は、認証可能な要求事項(何を満たしているべきか)を定めたもの
・ISO 56002は、その実装を支援するガイドライン
・ISO 56003は共創やパートナーシップの進め方
・ISO 56004はイノベーション活動の評価方法
これらは、イノベーションを一過性の取組みではなく、戦略、プロセス、ガバナンス、人材、評価を一体として管理し、継続的に成果を出す経営システムとして扱うことを求めています。言い換えると、「イノベーションを偶然に頼らないようにする」ことが目的です。
ISO 56002は、アイデアを生み出すだけでなく、それを価値に変えるまでの一連の流れを組織として管理することを目指しています。そこでは、次の7つの要素を統合し、継続的に運用していくことが求められています。

  1. 組織の文脈とリーダーシップ

  2. 戦略と目標設定

  3. 支援(資源・文化・知識など)

  4. プロセス

  5. パフォーマンス評価

  6. 改善

  7. ガバナンス

このように、ISO 56002は「何を整えるべきか」という観点では非常に有用です。ただし課題もあります。ISO 56002は具体的な実装手順やツールまでは示していません。そのため、実務の現場から見ると「どこから手を付ければいいのか」「誰がどう動くのか」という設計は、結局は各企業に委ねられています(9)(10)(11)。海外の研究でも、ISO 56002は原則や構造は提示しているが、実際の動かし方までは保証していない、と指摘されています(9)(10)(11)。特に、①実際のイノベーション活動は反復的・非線形であるにもかかわらず直線的モデルを前提としていること、②現場で使える具体ツールが不足していること、③業種や企業規模ごとの違いに十分対応できていないことなどが課題として挙げられています(11)。
したがって、日本企業の実務者がISO 56002をそのまま読んで「明日からこれを導入しよう」と考えても、すぐに使える形にはなりません。各社の文化、組織の構造、現時点の成熟度に合わせて、補完的な設計や他のフレームワークを組み合わせる必要があります。

1990年代以降、日本企業は新しい経営の仕組みを構築していない
世界では、こうしたイノベーションマネジメントの「仕組み化」が進んでいます。一方、日本企業の取り組みは限定的です。ここには、日本企業が歴史的に「自分たちで経営システムそのものを設計する」という経験をあまり積んでこなかった、という事情があります。
たとえば2000年代、日本企業は財務・販売・在庫・購買・生産といった基幹業務を、SAPやOracleなどのERP(基幹業務システム)として一括導入しました。また、製品の設計・開発プロセスには、欧州企業が提供するPLM(Product Lifecycle Management)を導入しました。多くの企業は、自社の業務プロセスをこれら既製のシステムに合わせることで「仕組み化」を進めてきました。つまり、外から用意されたフレームを社内に当てはめるというやり方が中心であり、ゼロから自社のマネジメント・システムを設計する経験はあまり蓄積されませんでした。ここで説明しているのは主に1990年代以降の話です。
もちろん、かつての日本企業には世界を先導した仕組みもありました。たとえば、トヨタのジャスト・イン・タイム(JIT)やリーン生産方式は、品質管理やISO 9001の考え方にも影響を与えました。QCサークルやカイゼン活動は、欧米では「TQM(Total Quality Management)」として体系化され、ISO 9000シリーズにもつながっています。トヨタや日産、松下などが築いた系列サプライヤーとの一体型のサプライチェーン運営は、のちのサプライチェーンマネジメント(SCM)の先駆けになりました。日本の自動車メーカーが進めたコンカレント・エンジニアリング(設計、製造、調達、マーケティングなどが並行して連携し、開発期間を短縮するやり方)も世界に影響を与えました。これらはいずれも1990年以前に確立されたものです。
しかし1990年代以降、日本発の新しい経営システムが世界標準として広がった、という事例はほとんど見当たりません。その30年の空白のなかで、「会社として新しい仕組みを設計し、全社に展開する力」そのものが、経営層・現場の両方から薄れてしまったと考えられます。現在は、デジタル技術を核にしたマネジメントプラットフォームの構築でも、欧米企業が常に先を走っているのが実情です。

イノベーションマネジメントシステムは、自社でカスタマイズする必要がある
イノベーションマネジメントシステムは、業種・業態、企業の成熟度、組織のスキルによって必要な形が大きく変わります。米国では、アイデア管理、ポートフォリオ管理、ステージゲート管理といった要素ごとのソフトウェアやサービスが多数存在します。しかし、自社のイノベーション活動を本当に支えるシステムは、そうした要素をそのまま入れれば完成するというものではありません。自社の業務構造や文化に合わせて、それらを再設計・統合していくことが不可欠です。
大事なのは、「ツールを導入すること」自体が目的ではない、ということです。目的は、自社の強みを生かしながら、継続的に新しい価値を生み出せる体制をつくることにあります。汎用的なフレームワークをそのまま当てはめても、実際の成果にはなかなかつながりません。カスタマイズを通じて、自社の価値創出プロセスをはっきりさせ、それを全社で共有・運用できるようにすることが重要です。
カスタマイズの対象になるのは、たとえば次のような領域です。

  1. アイデア創出から評価・選択・事業化までのプロセス設計の仕組み

  2. 事業戦略と整合をとったポートフォリオ管理と、リソース配分の仕組み

  3. 組織設計と組織能力(スキル)を育てる仕組み

  4. これらを支えるデジタルツールとデータ活用の仕組み

これらを段階的に整備し、試行と改善を繰り返すことで、企業としてのイノベーションマネジメントシステムは成熟していきます。
ISO 56002のような国際標準は、イノベーションマネジメントシステムの基本構造と共通言語を示すうえで有用なガイドラインです。ただし、それをそのまま導入しても十分には機能しにくいのも事実です。実際には、標準の枠組みの上に「自社の戦略」「自社の文化」「自社の業務プロセス」を重ね合わせてはじめて、実際に動く仕組みになります。
新規事業やイノベーションを単発で試す段階では、ここまでの仕組みは不要に思えるかもしれません。しかし、会社として継続的にイノベーションを行い、成功率を上げたいと考える段階に入った企業にとっては、この仕組みづくりは避けて通れないテーマになります。

 

イノベーションの成功率を高めるイノベーションマネジメントの仕組みとは、どのような仕組みか?
イノベーションの成功率を高めるには、ISO 56001の要求事項やISO 56002のガイドラインを参考にすることは有効です。ただし、これらは汎用的に書かれているため、自社の条件に合わせた具体設計までは示してくれません。そこで、より実務的な出発点として「なぜイノベーションは失敗するのか」を自社で明らかにし、失敗しないための支えを設計していくという方法があります。
主要な文献をもとに、日本企業および海外企業のイノベーションの失敗要因を整理すると、43の失敗原因が見られました。これらは、次の11グループに分類できます。

  1. イノベーション戦略の欠如、または事業戦略との不整合

  2. 不確実性を見極め、抑えるための戦略や仕組みの欠如

  3. 未熟なイノベーションプロセス

  4. プロジェクト/プログラムマネジメント手法の未整備

  5. 経営資源(人・予算)の不適切な配分

  6. 硬直した組織構造と、組織能力の不足

  7. 市場・顧客を分析し、学習する力の不足

  8. 経営層の関与不足や、認知バイアス(思い込み)による誤判断

  9. イノベーションガバナンスの欠如(誰が責任を持つのか曖昧)

  10. 外部企業・パートナーとの連携の失敗

  11. 中長期での業績評価の仕組みがない

重要な点は、イノベーションの現場(担当部門やプロジェクトチーム)だけで解決できるのは、上のうち一部に限られるという点です。具体的には、③未熟なプロセス、④マネジメント手法、⑦市場理解と学習、ここまでは現場の努力でも改善できます。しかし、それ以外の課題──戦略との整合、リソース配分、経営層の関与、ガバナンス、評価制度など──は、経営側が「環境」として整備しない限り解決できません。
日本企業の失敗要因を見ても、世界の企業と大きな差はありませんが、特に「未成熟なイノベーションプロセス」と「硬直した組織・能力不足」に起因する失敗が目立っています。
この原因分析結果から、自社が過去実施したイノベーションプロジェクトの失敗要因を調べると、どのような仕組みの不十分や未整備が最も失敗に影響するか見えてきます。失敗原因の解決策として、次の施策を検討する必要があると考えます。

 

第1回まとめ
日本企業のイノベーションの成功率が上がらない背景には、文化やリーダーシップよりも、「仕組みの欠如」という構造的な課題があります。欧米企業は20年以上前からイノベーションマネジメントの仕組みを整備し、P&Gのように成功率を倍増させた企業もあります。これに対し、日本企業は属人的な努力に依存し、経営システムとしての整備が遅れてきました。
今後、企業が継続的にイノベーションを起こすには、自社の戦略・文化・業務プロセスに基づいたカスタマイズ型の仕組みを構築することが不可欠です。ISO56002はそのための共通言語を提供しますが、実際の運用には自社設計が必要です。第2回以降では、世界の先進企業がどのようにこの仕組みを実装しているのか、そして日本企業がどこから手をつければ成果が出やすいのかを、具体的な事例を交えて解説します。「仕組み化」こそ、これからのイノベーション成功の鍵です。

本コラムは、江口隆夫(IDX研究所)が提唱する 「戦略的イノベーションマネジメントの仕組み」について、Note に掲載した内容をもとに公式版として再構成したものです。
Note 記事よりも体系的に整理した“原典ページ”として位置づけています。

参考文献
(1) Vogel, E. F. (1979). Japan as number one: Lessons for America. Harvard University Press.
(2) 経済産業省. (2022). 企業価値向上のための資本コスト・ROE等を意識した経営の実現に向けて. 経済産業省. https://www.meti.go.jp/
(3) 経済産業省. (2014). 伊藤レポート:持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進. 経済産業省 経済産業政策局 企業会計室.
(4) KPMG FAS, & あずさ監査法人. (2017). ROIC経営: 稼ぐ力の創造と戦略的対話. 日本経済新聞出版.
(5) A. G.ラフリー, ラム・チャラン. (2009). ゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばす. 日本経済新聞出版社.
(6) 野澤英夫. (2005). 自由と規律の両立に挑む住友スリーエムのR&D改革. 日経BP.
(7) 除村健俊. (2006). IBMの製品開発体系IPDにおけるプロジェクトの考え方. プロジェクトマネジメント学会誌, 8(1), 34–37.
(8) APQC. (2011). IBM – Innovation: Putting Ideas into Action. APQC.
(9) International Organization for Standardization. (2019). ISO 56002:2019 Innovation management — Innovation management system — Guidance. ISO.
(10) Wazoku. (2023). Implementing ISO 56002: Guidance for an effective innovation management system. Retrieved from https://www.wazoku.com/blog/implementing-iso-56002-guidance-for-an-effective-innovation-management-system
(11) Lerche, J., & Magnusson, M. (2020). A review and critical assessment of the ISO 56002 innovation management systems standard: Evidence and limitations.

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