top of page
欧米企業のイノベーションマネジメントの仕組みは進化している――日本企業が単純に模倣できない理由――

戦略的イノベーションマネジメントの仕組み 第2回
#イノベーション・マネジメント #新規事業開発 #経営戦略 #ISO56000 #日本企業 #DX戦略
 

日本企業が自社に合った仕組みを導入するために
第1回は、イノベーションマネジメントの仕組みの必要性を説明しました。ところが、この仕組みはここ20年で大きく進化してきました。欧米企業は、1990年代の研究や開発の枠を超えて、2000年代から外部との協働、顧客との共創、学習型の仕組み、エコシステム構築・運営へと変化しています。こうした進化したモデルは、もはや単なる手法ではなく、「企業がどう変化に対応し続けるか」という経営の中核そのものです。しかし、日本企業がこれらの仕組みをそのまま導入しても、うまく機能しません。仕組みには、それに応じた制度・プロセス、組織能力、マネジメント能力のレベルや成熟度が必要になるからです。重要な点は、自社の実力に応じて、どの段階の仕組みを導入すべきかを見極めることです。本稿では、そのために「イノベーションマネジメントの世代」を定義し、企業が自社のポジションを把握し、次の段階へ進むための道筋を明らかにします。
 

イノベーションマネジメントの進化の傾向は何か?
1990年代以前は、イノベーションプロセスモデルは、研究開発から市場投入までを一方向に進める「直線型モデル」が主流でした。しかし2000年代以降、企業は外部との連携を前提とした「学習型・ネットワーク型」の仕組みに移行しています。Meissner(1)は、企業が顧客や市場を巻き込みながら柔軟に学習し続ける「アクティブ・イノベーション」モデルを提唱し、従来の「社内完結型」から「外部と共に設計・実装するプロセス」への転換を明確に示しました。同様にMikhaylova(2)も、知識と市場環境の変化が技術・組織・市場・顧客など複数の層(Layer)やプロセスで実施されるイノベーションモデルが展開され、単一企業の枠を超えた連携型の仕組みが必要になっていると指摘しています。
2010年代に入ると、イノベーションの中心は製品そのものではなく、「顧客と共に価値をつくるプロセス」に移りました。Tetherら(3)は、サービス企業を中心に、製品提供からサービス・エコシステムの設計へとシフトしているとしています。企業は単にモノを開発して売るのではなく、稼働データや利用状況を基に、顧客とともに価値を共創する仕組みを重視するようになりました。これにより、イノベーションの評価軸は「新しい製品を出したか」ではなく、「どのような仕組みで継続的に価値を生み出しているか」に変わりました。
2020年代に入ると、主戦場はさらに広がりました。Liuら(4)は、もはや単独企業の努力ではなく、産業全体のエコシステムを設計・支配できるかが競争優位を決めると述べています。WangとWu(5)は、AIとリーンスタートアップを組み合わせることで、新製品開発の探索と最適化を同時に加速できることを示しました。AIとデータを活用し、学習サイクルを高速に回す仕組みこそが、現代のイノベーションマネジメントの核になっています。
このように、イノベーションマネジメントは企業単体が「発明を生み出す活動」から顧客や産業の協業企業とともに、「変化に対し、学び続ける経営の仕組み」へと進化しています。日本企業が真の意味でイノベーションを再現可能にするには、自社の技術開発、商品開発、生産性向上に専念するだけでなく、まずこの仕組みの進化に追いつくことが求められています。


イノベーションマネジメントの世代を定義する
これまで、イノベーションマネジメントの進化に伴うレベルや世代の定義は特に示されていません。しかし、もし世代ごとにイノベーションマネジメントの構成要素や仕組みの内容や実施効果が変化するなら、企業が自社の現状を把握し、段階的に発展させる際に、レベルや世代を目標として設定する必要があります。「世代」を定義することは、企業が自らの成熟度を評価し、次に進むべき方向を明確にするための有効な指針となります。
ここでは、図2-1のように、主なイノベーション理論の普及、そしてステージゲートの進化過程、イノベーションプロセスモデルの世代を統合的に整理し、イノベーションマネジメントの世代交代を定義します。
これからイノベーションマネジメントの仕組みを整備する日本企業が、自社のレベルに合ったイノベーションの仕組みを選択するには、理論やモデルの進化の流れを理解し、自社がどの段階に位置しているかを把握することが必要です。こうした歴史的な進化段階を踏まえることで、導入すべき仕組みの順序や成熟度向上の基準を具体的に描くことができます。

図2-1.png

図2-1 イノベーションマネジメントの動向

 

イノベーションタイプの流行の変遷

新しいイノベーションタイプ(図2-1、右列)が登場すると、これを適用したイノベーションの実績が増えます。経営学の理論は既に実施されたイノベーションの事実を分析して作成しますので、最初の事例から遅れて理論が構築され、少し遅れて、実際に理論が適用した事例が増えます。図2-1は、イノベーションタイプを普及時期の年代順に配置しています。普及時期には、これらのイノベーションタイプのイノベーションを実施するため、イノベーションプロセスや実施組織、プロジェクトの評価方法など、イノベーションマネジメントにも反映されます。 1990年代に、イノベーションは従来の研究開発の効率や製品性能開発から、市場の構造や競争の仕組みへと視野が広がりました。ハイテク産業を中心に、アーキテクチュラル・イノベーションの考え方が登場し、既存の部品や技術を再構成することで新たなアーキテクチャを築く発想が広がりました(6)。ムーアの「キャズム理論」は、革新的な製品が初期市場から本流市場に浸透する際に越えなければならない障壁を明確に示し、多くのIT企業の市場戦略に大きな影響を与えました(7)。また、クリステンセンの「破壊的イノベーション」は、小規模で性能が劣ると見られていた技術が、やがて主流市場を飲み込むプロセスを解明し、その後のNetflixやスマートフォンの普及で現実に証明されました(8)。 2000年代では、組織の境界を越えた連携が特徴的なトレンドとなりました。チェスブロウの「オープンイノベーション」は、P&GやIBMの実践を通じて広がり、企業が外部の知識や技術を積極的に取り込み、自社の研究開発と組み合わせて新しい価値を生む仕組みが普及しました(9)。さらに、AppleのApp StoreやGoogleのAndroidが登場し、AirbnbやUberといった新興企業が台頭しました。これにより、プラットフォームを基盤としたネットワーク効果が競争優位の源泉となり、ビジネスモデルそのものが企業力を左右するようになりました。 2010年代に入ると、デジタルの浸透とともにイノベーションの概念はさらに多様化しました。NetflixやAmazonの事例が象徴するビジネスモデルイノベーションは、従来の製品中心の発想を超え、収益構造やサービス設計にまで踏み込みました。AppleやTeslaは、自社だけでなく外部のパートナーやユーザーを巻き込むイノベーションエコシステムを形成し、競争の枠組みを広げました。UberやAirbnbは既存産業を揺るがすデジタルディスラプションを実証しました。 さらに、DropboxやZapposのようなベンチャーが実践したリーンスタートアップの手法は、大企業の新規事業開発にも応用されました(10)。GEのリバース・イノベーションは、新興国で生まれた低価格・高効率な製品を先進国へ展開する動きを示しました(11)。後半には、MicrosoftやFujifilmが両利きの経営を取り入れ、探索と深化を同時に進めました(12)。また、IBMやGEはダイナミック・ケイパビリティを強化し、環境変化に即応する組織能力を示しました(13)。 2020年代に入ると、イノベーションは全社的な変革として位置づけられました。DXは単なるデジタル技術の導入にとどまらず、Amazonのように全社的に業務とビジネスモデルを刷新する動きや(33)、Siemensが進めるインダストリー4.0のように産業全体の構造変革を伴う取り組みへと発展しました(15)。さらに、エコシステム型プラットフォームの形成の観点では、VolkswagenやBMW、Siemens、Bosch、Haierといった企業グループは、自社の枠を超えて産業横断的なデータ基盤を整備し、外部パートナーを巻き込みながら成長する新しい競争モデルを築いています(16)。さらに欧州では、自動車産業のCatena-X、欧州統合データ基盤のGAIA-X、そして製造業全般を対象とするManufacturing-Xといった取り組みが次々と進められ、産業の境界を越えたデータ共有とプラットフォーム連携が国際標準の形成に直結する動きとなっています(17)(18)。これら産業エコシステムに、AIの分析・予測・生成能力を用いて、従来のサプライチェーンやネットワークの限界を超えた新たな価値を創出する目的で、AI駆動型イノベーションが組み込まれるケースが増えています(19)。

表2-1.png

表2-1 主なイノベーショントタイプの普及時期
 

イノベーションタイプを実現するために改良されてきたステージゲート
ステージゲートは、イノベーションプロセスを実装したプロセスであり、1980年代前半に初期モデルが登場しました。その後、新しいイノベーションタイプの普及とともに、それを実現するためにプロセスに反映しながら進化を遂げてきました。Cooperはステージゲートの世代は定義していませんが、何度か次世代ステージゲートという言葉を使って、新しいタイプのステージゲートモデルを報告しています。この動きからステージゲートの第5世代(表2-2)が推定されます。 

表2-2.png

表2-2 ステージゲートの世代(筆者の推定)

1980年代の第1世代は、マイヤーズとマーキスによる産業イノベーション調査やA–Uモデルが議論された時期と重なります(20)(21)。当時は技術から製品へと移行する秩序立ったプロセスが求められ、ステージとゲートを使って開発を管理する基本形が広まりました。
1990年代の第2世代の時期は、ヘンダーソンとクラークによるアーキテクチュラル・イノベーションや、ムーアの「キャズム」理論が注目され(6)(7)、既存市場の深化と新市場の開拓を同時に意識する動きが強まり、ステージゲートも並行処理やクロスファンクションを導入して市場適合性を重視しました(22)。

2000年代の第3世代では、クリステンセンの破壊的イノベーション論や、チェスブロウのオープンイノベーションが普及しました(8)(9)。外部との連携やポートフォリオ思考が広がり、ステージゲートもリスク評価と資源配分を重視する方向に進化しました(23)(24)。この時期は、P&GやIBMのようにオープンなR&D戦略を導入する企業が代表例でした。
2010年代の第4世代は、リーンスタートアップやリバース・イノベーションが広まった時代に当たります(10)(11)。不確実性の高い市場での俊敏な対応が求められ、ステージゲートもアジャイルやデザイン思考を組み込んだハイブリッド型へと進化しました(25)(26)。DropboxやGEといった企業が実験的に活用し、プロセスに反復性と柔軟性を取り入れました。この時期に、リバース・イノベーションの概念が台頭し、GEやUnileverのように新興国市場を起点にした開発が注目され、従来の一律的な評価基準を見直す契機となりました(11)。また両利きの経営がMicrosoftや富士フィルムで実践され、探索と深化の両立が求められるようになりました(12)。第4世代のステージゲートは、こうした理論的潮流を吸収し、不確実性と多様性に対応する統合的マネジメント手法へと発展しています。
2020年代の第5世代は、両利きの経営やダイナミック・ケイパビリティ、DXやエコシステム型プラットフォームが主流になっています(12)(13)(27)(16)(17)(18)。
ステージゲートも、AIやデータを活用した動的ゲート、サステナビリティ基準の追加、エコシステム全体での協働など、社会的価値とデジタル変革を意識した仕組みへと進化しています(28)(29)。以上のように、ステージゲートは単なる管理手法ではなく、その時代に支配的だったイノベーション理論と相互作用しながら進化してきたと言えます。

図2-2 第3世代のステージゲート
図2-3.png

                図2-3 第4世代のステージゲート

イノベーションプロセスモデルの限界と、次の世代のモデルは何か?
海外のイノベーションプロセスモデル世代の定義(表2-3)は、複数ケースが提案されていますが、最も引用されているRothwell (30)は、第5世代のイノベーションモデルの世代論を展開しており、以降の研究の起点になっています。90年代半ばから始まった第5世代モデルでは、既にオープンイノベーションの可能性を示唆しており、その後の研究で、2000年代の第6世代モデルでは、オープンイノベーションが提言されています(31)。
ところが、第7世代以降は、モデルが提案されていません。この理由は、第6世代までは、企業を中心においた協業者のネットワーク型のモデルでしたが、次の世代以降は、2010年前半のプラットフォーム・ビジネス、イノベーションエコシステム、2010年代後半の企業グループや産業エコシステム型プラットフォーム・ビジネスは、自社のイノベーションマネジメントとは別に、エコシステム全体のマネジメントが不可欠になり、この二つのマネジメントを連携させるようになります。管理対象が多層的・分散的になり、最早、イノベーションプロセスモデル世代で表現できなくなったことです。 

表2-3.png

                表2-3 イノベーションプロセスモデルの世代別の特徴と概要

AppleのApp Store、Airbnb、Uberなどに代表される2008~2010年代初頭のプラットフォーム・ビジネスは、第6世代イノベーションプロセスモデル(オープンイノベーション統合型)の要素を一部備えています。たとえば、外部開発者やユーザーとの連携、ICTを活用した情報共有、価値共創などは第6世代の特徴と合致します<32>。しかしながら、こうしたビジネスモデルが実際に実現したのは、単なる企業外との連携ではなく、コア企業が中心となってエコシステム全体を構造的に設計・管理し、複数のステークホルダーの行動をルールやインセンティブによって導くオーケストレーションといった、より高度な戦略マネジメントでした(14)(33)。

このようなエコシステムのコア企業は、自社内の技術革新をマネジメントするだけでなく、プラットフォーム全体のアーキテクチャ、API設計、ガバナンスルールの制定なども同時に行い、自社とエコシステムの二重のマネジメント構造を構築する必要がありました(34)(35)。これはAdner(34)の「エコシステム・アーキテクチャ」理論に沿ったもので、プラットフォームを通じて共創の場を提供しながら、自社も継続的に進化することが求められるという新しい経営形態です。
同様の動きは、2010年前半に形成されたApple、Google、Teslaのような代表的なイノベーションエコシステムにも見られます。AppleはApp Storeを中心に、開発者との協働をAPI設計やガイドラインで支配するモデルを確立し(36)、GoogleもAndroidというオープンソースプラットフォームを配布しつつ、GMS(Google Mobile Services)で自社サービスへの依存性を高める戦略を採用しました(37)。Teslaは、EV本体の開発に加え、自社充電インフラ(Superchargerネットワーク)を併設することで、製品とインフラの統合的な価値提供を実現しています(38)。いずれも、単なる「オープン連携」ではなく、エコシステム全体を俯瞰して構造設計し、制御するという戦略的オーケストレーションが重要となっていました(35)(32)。2010年代後半に展開されたCatena-X(BMW、Bosch、Volkswagenなど)、GAIA-X(欧州主導のクラウド・データ連携基盤)、Manufacturing-X(ドイツ製造業の標準化プロジェクト)、HaierのCOSMOPlat(顧客参加型製造プラットフォーム)など、産業エコシステム型プラットフォームは、いずれも複数の企業・業界・政府が協調し、標準とアーキテクチャを共有しながら個別イノベーションとの接続を可能にする、協調型エコシステムとして設計されています(39)。たとえば、Catena-Xでは、各社が独自のサプライチェーン構造を持ちつつ、合意に基づくデータ共有とガバナンスを実行しており、中央集権ではなく「合意型オーケストレーション」という新しいマネジメント形態が出現しています(39)。
GAIA-Xはさらに進んで、データ主権を保持したまま相互運用を実現するマルチステークホルダー・プラットフォームとして、個別の企業活動と共有基盤との両立を求められています(39)。また、HaierのCOSMOPlatでは、子会社ごとの自律的なイノベーションと、プラットフォーム全体での連携という構造が両立されており、Adnerの「構造的補完性」の実例としても位置づけられます(38)。
このように、プラットフォーム・ビジネスは単純なオープンイノベーションではなく、複雑な役割分担、設計、制御をともなうエコシステム型マネジメントへと進化しており、第6世代の延長線上のイノベーションプロセスモデルは、表現が困難になっています。

以上の分析から、次はイノベーションマネジメントの4つの世代を定義してみます。

本コラムは、江口隆夫(IDX研究所)が提唱する 「戦略的イノベーションマネジメントの仕組み」について、Note に掲載した内容をもとに公式版として再構成したものです。
Note 記事よりも体系的に整理した“原典ページ”として位置づけています。

​参考文献はこちら

bottom of page